ランチを食べようなんていう需要のために11時から営業しだす飲食店が多い中、10時半というちょっとだけ早めに営業してくれる店がかつやである。10時半に営業開始したところで朝っぱらからカツ丼なんか誰が食べるんだという話ではあるが、そういう奴――つまり俺みたいな人間は存在する。
開店したばかりの店に入って麦茶なんだが水なんだかよくわからない液体をすすりながらカツ丼松ご飯大盛りを頼む。我ながら馬鹿だと思う。カツ丼松、カツが2枚、それを卵でとじて大盛りのご飯に乗っける。そのカロリーは約2500キロカロリー。男性の1日の摂取カロリーを丼1杯で満たしてくれるという夢のような悪夢のようなメニューだ。
こんな早くからそんなわんぱくなものを注文する輩がいるとは思わなかったのか、厨房のおばちゃんたちは何やら騒がしかった。
少ししてほかほかの湯気を浮かべたカツ丼がごきげんにやってくる。上蓋を添えることすらままならないほど丼から溢れんばかりのカツと、縁についた味のしみた玉ねぎの欠片が俺の求めているカツ丼の俗っぽさを引き立てていた。水で舌を冷まし、サクッとしたカツとつゆの通ったご飯を思いっきり口に運ぶ。カロリーという名の旨味が味蕾を駆け巡る。口の中に広がる喜ばしい熱気こそがカツ丼の美味しさを証明していた。たった1食でこんなにカロリーを摂取していいのか、そんな疑問などもはや頭の中にはなかった。カツ丼のどうしようもない旨さにはどんなときでも無心にさせる食の魅力が詰まっている。
やはり松、それもご飯大盛りということもあって量はなかなかのものだが、みるみるうちに丼は軽くなっていく。汗をかくことなんかお構いなしに無我夢中でかきこむ。今この世界には俺とカツ丼だけしかいない。かつやで繰り広げられるセカイ系。カツ丼と出会い、心を奪われ、そして別れがやってくる。これは恋だった。あまりに重い恋だった。大量のエネルギーが俺を満たすこと、それは彼女を失うことと同義だ。己のワガママでカツ丼は消えてしまった。
名残惜しくも物語には終わりがやってくる。テーブルに置かれた割干しをつまみながら、先程のエピソードを振り返っていた。あまりにもあっという間に時間が過ぎ去った。腹は満たされたはずなのに、また君に会える気がして静かに席を立った。お会計時にクーポンを持っているか聞かれる。持っていないと告げ、勘定を済ませると最後にクーポンが渡された。
100円引き。第2章は近いうちに訪れる気がした。きっと。